不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

気心の知れた間柄になるにはそれなりの手順てものがある。それを飛び越えると大抵ろくな事にならない

人間関係を再考する時、自分が嫌われ者になることを恐れないことだ

ご縁だからとか昔お世話になったから、とかそんな繋がりはきちんとした繋がり方ってのがあると思うんだ。ただ恩があるからと惰性に付き合っていると互いの向上を阻害する。

いい加減そういうことをはっきり伝えて行かなければならない。

伝えた時に「そんなことないですよ」とか「そんなこと言わないで下さい」という人との関係性には私は反省しなければならない。惰性に付き合った結果そのものだからだ。

この際相手の感情などは関係ない。もし、相手が私より有利だと思えば上記のような発言が出るし、私と離れることで不安になると必要以上の感謝で攻めてくる。いずれにしてもこの関係からは何も生まれない。

ご縁、そして恩のある方には時節の挨拶とかを葉書や手紙で十分真心を伝える。その上で食事に出かけたり社交の場というのがあるものだ。

私はこれまでに、そうした礼節にきちんと向き合ってないからモノもヒトもわちゃわちゃしてると思うんだよね。いい加減な人間ではあるけど、結構潜在的には五徳を叩きこまれているからどうにもすっきりしない。だからわちゃわちゃはもう卒業。

年齢的にも体力ないからわちゃわちゃにエネルギーを消耗している場合じゃない。

たまには吐き出しも必要だからそんな日もあるけど、心身ともに代謝はおちてるわけだから如何に溜めないか、だよ。それが自然。

 

理性ではどうにも繕えない本能的な相性の悪さってのはある

人相で人をみるなど人としてありえん!と思っていたが、やはり相性の悪い人間の相ってのは実際あって互いに陥るトラブルのパターンがある。

私の場合大抵、この手の人相の人には始め気を良くして付き合うが、後々共依存の関係性に陥って相手の重荷になってしまい、そのことが相手のフラストレーションを引き出し、その標的が私になるという悪循環だ。

以前の私ならそんな悪循環にも付き合っていただろうが、いい加減私は私の人生を生きることにしたから「こんな人相の奴はだめだ!」と豪語するのでなければ、距離を保ち相手の個性を潰さず己のエゴにも苦しまず良い関係を築いていく術として参考にすることにした。

対面という在り方をどこか軽んじていた感覚がある。

顔をよく見る、というのは何もジロジロと見つめる不躾なことではない。また、その人の顔を評価することでもない。

しっかりと顔見る、というのは行動そのものは見ることであっても、しっかりと相手の話を聞く、ことに通じる。真剣に聞いている時というのは相手の顔を自然とよく見ている。

人相というのはその真剣に話を聞いたことにより蓄積された情報だと思うのだ。その上、こうした顔つきの人と自分はあまり相性が良くないという経験に繋がる。

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ちょっと心を洗おうか・・・

読み方によっては荒んだ内容が続いたので(私はいたってシンプルだが)ちょっといい小話を。

セッションに久々にいらっしゃった60代の女性のお話。

「中高生になると中々孫が遊びに来てくれないから何か共通の話題性が欲しくて」と、フューチャフォンをスマホに変えたお客様の話にじーんと胸が熱くなった。

ナンテカワイイヒトナンダ!(*ToT)

「ツイットブック?の使い方を孫に教えて貰うんだよ、明日」と嬉しそうに帰っていった。

おそらく“ツイットブック”はTwitterFacebookのどちらかだろう。そこはお孫さんとネタにして頂きたいので訂正せずにお見送りした。

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