不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

「そうじていかなり」:鵜戸神宮3

「そうじていかなり」
というメッセージについてホテルに戻ってから色んなパターンで考えてみた。
沖縄の家族へも電話をかけ意見を訊いてみた。
文字解釈としては「総じて如何なり」がしっくりくる。
古語である(辞典買っとくかな〜)。
簡単に言ってしまえば
「(全体的に)で、どうよ?」
と言われたようだ。
おいおい。
初めて来た場所だぜ?
しかも、呼ばれてきたようなものだよ、私は。
と思わず突っ込みを入れてしまう。
それに何故本殿じゃなく、九柱神社の前なのか。
隣には五瀬命という主祭神の長子が祀られている。
この九柱神社は本殿を見守るように南を瀬にしているのだ。
何故、本殿でもなく他に社ではなくここなのか。

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五瀬命という文字をみて、宮崎県北部に位置する五ヶ瀬を思い出すのは私だけだろうか。
この皇子は、神武東征の時、紀国(現在の和歌山県)で負傷して亡くなっている。そういや何気に地縁を結んでいるな、と思い出した。
にしてもこの岩!どんだけなんだ!
自然とは偉大である。
もう既に適齢期は過ぎたけど懐胎しそうな勢いである。

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ホテルの湯に浸かりながら母に電話をしてみる。
私「うちの親戚で(叔父・叔母のレベルで)宮崎に新婚旅行したことある人いる?」
母「どうしたの?また急に」
私「今宮崎にいるんだよね〜鵜戸神宮てとこにいったら見覚えのある場面に遭遇してさ」
ビジョンをみた、っていったらまた大騒ぎするのでさらりと話した。
母「確かK子叔母さん(父の妹)が行ったんじゃない?オジーとオバー(父方の祖父母)もついていったはずよ」
この言葉で思い出した。
そうだった。石垣島にまだ祖父母の家があったとき、色々と旅行の写真があって、独身の頃船の機関士だった父の計らいでフェリーで結構旅をしていた。
(以前は台湾・高雄から石垣、宮古那覇、鹿児島、神戸と色んな港を経由する客船が多く運行していたというし)
あの馬に乗る花嫁のビジョンは、その中にあった写真だ。
ん?ちょっとまて。
私「オバーも行ったの?」
母曰く、どこの神社へ行ったかはわからないが、宮崎に行ったことは確かで祖父は神社好きだったのでとにかく色んな神社の縁起物がところせましと並んでいたそうだ。
な〜んとなくその辺りも記憶している。
大きなウミガメの剥製もあったな、確か。

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となると、祖母の夢はカミゴトで言えば“マブイグミ”という供養の一環となる。
果たしてそうなのか?
しっくりこない。
何故なら祖母という人は、昔のばあさんらしくない人で、台湾暮らしが長かったせいか台所仕事を得意としない。
私の幼い頃まで身の回りの世話をする下男や下女がいたというのだ。故に沖縄の台所に祀るヒヌカンや女の仕事である仏壇ごとも結構アバウトだった。
ご近所の老人会にも馴染めていなかったのは幼心に解った。
とにもかくにも、祖母と鵜戸神宮の接点はわかった。
しかし、「総じて如何なり」の意味はこの段階では不明である。

神武の里・狭野につづく。