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不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

油日と油津

脱線を覚悟の上でお読みいただきたい。

五瀬命」からの神武・狭野。

彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊海神の娘である玉依姫のとの間の子。弟に稲飯命御毛沼命若御毛沼命(磐余彦尊)

とあるように、先日訪れた鵜戸神宮主祭神ウガヤフキアエズノミコトのご長男であられる。神武天皇は末っ子なんだね。

注目だが、ウガヤフキアエズミコト(以下、うどさん)は叔母にあたる玉依姫と結婚、五瀬命他三人の息子をもうけている。これをみて、直感的に「大丈夫なのか?」と思ってしまうのは私だけではないはずだ。神様なので心配には及ばないと思うが、素直になれないのが私でどうしてもこの目線で追ってしまう。

きっと、鵜戸さんが生まれたのは、日南だから効率よく考えれば、末っ子の神武天皇が霧島付近で生まれていることを考えれば、北上の間にすでに他の皇子も誕生していることになる。

シンプルに考えて、現在の宮崎・高千穂付近から霧島付近までをうどさんの一族、日向三代が治めていたことになるんだよね。

宮崎の南まで行ったはいいが、うちのキクばあちゃんは、何が言いたくて現れたのか。

でもま、海の神、竜宮神、ニライカナイが絡んでいるのは十分にわかった。

ところで、この「油」という名のつく地名が気になる。

「油日神社」

創祀年代不詳であるが、用明天皇または天武天皇の時代の創建と伝えられる。油日岳の山頂に油の火のような光とともに油日神が降臨したことから「油日」の名がついたと伝えられる。また、聖徳太子が社殿を建立し油日大明神を祀ったとの伝承もある。(Wikipediaより抜粋)

これを読んですぐに『モーセ』が浮かんだのは私だけか?

「油津港」

宮崎県宮崎市田野町甲の天建神社縁起書に、百済の王が油津に漂着した伝説が記載されている。遣唐使の時代から日本中国大陸をつなぐ貿易の中継地であり、倭寇の拠点としても利用されていた。(Wikipediaより抜粋)

“油津神社”というのはないようなので、天建神社についてちょっと調べる・・・・百済王?宮崎県北部にもそんな感じなかった?行けなかったけど。

二人の百済王が漂着したらしいから、どうも匂うね。

スピ旅はいつも啓示めいたビジョンからスタートしてるけど、私、何故か韓流ファンでもないのに、釜山港から韓国東南部付近に行ってるもんね。

鶴が守った、って伝承もあるのね。・・・つるの恩返し?