不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

滋賀・近江の旅を振り返る(2)

「う」っていう文字は、私を良く知る人たちにとってはすぐにピンとくる逸話があって、それが20年近くも経って、「鵜」そして「卯」であることは当の本人も予測し得なかった。

“ウド”という言葉が穴を意味する“うろ”だったとして、何故“鵜戸”という漢字を当てはめたのか、ふと記事を書きながら無性に気になって調べた。それはつまり鳥の“う”にこの漢字が作られたの?って話にもなるんだけど。

“う”という発音は中国発祥で「鵜」という漢字は“ペリカン”を意味し、“う”は国訓らしい。

国訓とはなにか。中国においての「鵜」の発音は「テイ」、これを日本独自の発音、“訓読み”にして「ウ」なのだそうだ。因みに、中国本来の漢字は「盧」+「鳥」で「ロ」と発音するらしい。

鵜戸神宮」の「ウド」は「ウロ」が転じたという説がある。こうなるとどっちもどっちだし、それを関連付けるような文を見つけた。

鵜飼いの歴史は古い。

日本書紀神武天皇の条に「梁を作つて魚を取る者有り、天皇これを問ふ。対へて曰く、臣はこれ苞苴擔の子と、此れ即ち阿太の養鵜部の始祖なり」と、鵜養部のことが見える。

神武天皇の時代には既にあったって話にも驚きだけれど、神武天皇って日向の人でしょ?鵜戸神宮のある日南市はがっつり日向国なわけで。

東征でもなんでも、「八咫烏」というのは登場するけど、鵜はラテン語では「海のカラス」と言われているからその辺りもなんだかねって話になるわけだ。

肝心の何故「鵜」という漢字を当てはめたか、の謎に迫ると、「鵜」という漢字は「夷」(イ)+「鳥」(カラス)で構成され、「夷」は外国人とか異形の者を意味し、この漢字自体は「大」と「弓」から構成され、弓を扱う大きな人で好戦的な一族を表す。

何かが見えてこないか〜い?丹塗り矢とか鹿島の神とかもう色んなところに派生していくよね。剣に惑わされがちだけど、その前には木の文化があって石の文化があるわけさ。

そこが欠史なんだよね、きっと。

で、なんでこの漢字かっていうと、異形の者は“まつろわぬ者”であって、それを従えるって意味があるわけだ。「弟」という字にはそうした“従順”である意味が込められている。先導するには常識から考えて“渡り鳥”であることが挙げられるから、“海のカラス”が海人族にとっては先導する鳥っていうのが自然な推理になる。

こうした一族を従えて国ってのは作られて行った、て話になるわけだけど、当時の権力者の苦肉の策が見えてくるようで涙ぐましい(;_;)

「う」の本来の漢字「盧」+「鳥」(パソコンで変換出来ない漢字)の方の「盧」には「いおり」という意味がある。

山小屋、はたごや、墓守の小屋、これらの意味を含み、庵との認識の違いは「庵」は僧侶の住まい、なのでそこを間違えてはならない。

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白鬚神社近くにも“鵜川”って川も地名もあるんだよね〜 果たして偶然かしらん?(;・∀・)

そしてこの辺り一体を治めていた古代豪族(先住)に『和邇氏』という一族がいらっしゃるのだけど“和邇=鰐(鮫)”ということだから、かなり凶暴で好戦的なイメージ。でも日本に鰐いないしねってなったところで、ウガヤフキアエズノミコトのお母さん『豊玉姫』の登場だ。

ウミウの捕獲は、春と秋の年2回、鳥屋(とや)と呼ばれる海岸壁に設置されたコモ掛けの小屋で行われる。

この「鳥屋」でウガヤフキアエズノミコトは生まれ、その出産シーンを見られた豊玉姫は小屋に火を放ち、鰐に変化して竜宮に帰ってしまったらしい。お産した小屋を焼き払う、というのは南方系の伝説に多い。鰐は日本にいないよね?いたの?化石はないよね?

推測されるのは、全身ウロコ(この発音も引っかかるけども)だらけの異形の者か、南方系民族にルーツを持つ一族ってことにならないか?

豊玉姫の帰った竜宮ってどこだろう?って話になってくる(-_-;)

 

鵜飼は暗夜にかぎる漁法であるから、月夜を嫌い、上弦の夜は月入後、下弦の夜は月出前、上流から下流へ漁して下る。鵜が取ったアユを吐籠に吐かす。

ここの先ほどの「梁を作つて魚を取る者有り、天皇これを問ふ。対へて曰く、臣はこれ苞苴擔の子と、此れ即ち阿太の養鵜部の始祖なり」という文章を加えて考えた。

私にはさ、「苞苴擔(あだかや)って薩摩国阿多郡阿多郷のことさ〜。そこの姫さんは神阿多比売さ〜。別名『コノハナサクヤヒメ』っていうさ〜」って言ってるようにか聞こえない。また漢字から色々推測すると、「弓月族とは敵だったけど今は同盟結んでるサ。籠は大事サ。これないと仕事にならないサ〜」とも言ってるように聞こえる。

さらには、沖縄、といっても私の故郷石垣島では「ウミウ」を「アタグ」という。祖先の故郷宮古島では「アタ(フ)」。私も最近知ったけど。

話は飛んで。。

西表島に「カンピレーの滝」ってのがあるんだけど、11才の頃、そこで例のごとく「突き飛ばし事件」に遭遇して落ちたんだけど、小さな芝草を掴んで滝壺に落ちなくって済んだ思い出がある。

この“カンピレー”は「神々の坐る」って意味があるんだけど、よく聞け!

ここには薩摩の岬から連れて来られた女神が鎮座している、という伝承があるんだぜぃ(;・∀・)

コノハナサクヤヒメは富士山にいらっしゃるんじゃなかったの?って話で。

つづく。