不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

謎解きはふるさとから始まる

神社(パワースポット)に神話はつきものだから、どうしても避けては通れない。

性格上、行動に一貫性がないと思考停止。日常が疎かになる質でしてね。

ここいらで一気にまとめて明日からは年末年始に向けて仕事を片付けたい。

 

まず、私のルーツを振り返ってみると『石の文化』に何かと関連している、ということ。

戦争軍人は皆そうだったかもしれないが、祖父が派遣された満州では石積みから仕事が始まった、といっていたし、祖父が祖母と出会った台湾でも花蓮(大理石産地)によく出かけていたようだ。石垣島に戻ってきてからもよく旅行へ出かけた。

祖父の生家のある集落には『霊石(たまいし)』なるものがあり、UFO伝説がある。父が生まれた台湾の七星山もそう。

石と未確認飛行物体との関わりは遺伝子に組み込まれた因縁にも思えてくる。しかし。

神話はいいが、UFO分野は疎い。歴史よりは好きになれそうだが。

生まれ故郷も『石垣島』、皆他界したが、祖父の名は『金一(かねいち)』、祖母は『キク』、そして極めつけ父は『巌』というなんとも仕組まれたような家族の名前だし、ここをベースに絞りこんで紐解いて行こうと思う。

ある意味パワースポット探索というのは私にとって自分史のようなものだと諦めつつある(T▽T)

 

忘れてならないのは、文化として獅子舞とサバニに密着していた。

小学校の運動会で、何故か船の櫂を作った。

こんなの↓

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運動会や学芸会の小物って自分で作るでしょ?

私が小学校の時はこれだった。結構大変だった記憶が・・・

 

“石を積む”という文化が好きなのだろうと思うし、私が城址に惹かれるのも石工達の匠の技だし(近代の城壁とは違う)。故に万里の長城は一生の内に一回は行っておこう。

私のパワースポット探索は20年近くになるが、予てより弥生人に追われて南下してきたアイヌ人が琉球人、という考えに否定的で、霊感を先行させて言えば、旧石器時代においてはオーストロネシアという海路に注目している。

石と海洋の文化を持ってきたのはどうにも彼らで、陸地を行ったものが大陸を経由し朝鮮半島から本土へ。宮古島沖縄本島の間には大きな海溝があるから、南周りでやってきたものは宮古島で“一時”ストップしたのでは、と。

そんなことを考えているとこんな記事を発見した。昨年のものだ。日本経済新聞より抜粋。

石垣島東岸から約1キロの新石垣空港敷地内にある白保竿根田原(しらほさおねたばる)洞穴遺跡。旧石器人骨を中心とする十数~20体分の人骨約800点が出土した。・・・

最も古い年代で2万6千年前と判明。中国大陸や日本列島とは当時も陸続きではなかったとされている。・・・・

東南アジアに見られる「B4e」や沖縄の人に多く、本土でも一部見られる「M7a」など3種類のDNAタイプを確認した。

東南アジアなどからの北上のほか、『M7aの祖先が3万~2万5千年前ごろ、当時は陸地だった東シナ海周辺に誕生し、沖縄に渡った』と篠田さんは推測する。」

となると、持論にも自身が持てる。でも忘れてはならない。私はシックスセンスのみで突っ走るので妄想の域を脱しないことだけはきっぱりとお断りしておく。

与那国の海底遺跡も気になるけど、波照間島の沖にもなんかないかな〜と思ったり。でも近々両方の島へは渡っておこうと思う。