不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

驚愕!弓弦羽神社の末社!

昨日は偉そうに知っているかのように『灘五郷』とかキーワード使っちゃってますけど、これ、沖縄へ戻ってから調べまくっているんです。すんません。

 

さて。

昨日の続きなんだけど、すぃ〜っと裏手の方に意識が吸い込まれていく感覚を調べたかったのだが、セッションの時間がさしせまっていたので、お客様に贈呈する"護符”(霊符)を合掌し力を頂く。これが最大の目的だった。

(○ `人´ ○) タノンマスー!

社務所に寄って、ちゃっかり御朱印も頂いた。

御朱印が仕上がるのを待っている間、拝殿の裏手の森について調べたがこれっといったことはなく、一つ気になることといえばどうやらこの近くに古墳があったらしいこと、何故西宮神社ではなくここなのか、ということだ。

だって一回目のセッションの時にお勧めの神社は“西宮のえべっさん”で、私はそちらをまだ参拝したことがない。

誘うなら素直に考えて“西宮神社”が自然な流れじゃなかろうか?近いし、そっちも灘五郷のうちだ。

どうもにも腑に落ちない・・・・

「お待たせしました」

御朱印を頂いてみるとそこには八咫烏が。

「お♪ご縁だね〜」 ←こんなことも調べていない

私の御朱印帳熊野本宮大社で同志がお土産に下さったものだ。私のイメージは八咫烏らしい。当の本人はまだ行ったことないけども。

ビジョンだったりは沖縄へ戻ってから調べればいい、と機嫌よく会場へ向かった。

 

そして、沖縄へ無事帰還。

ビジョンの痕跡を探してみる。

「魚崎中町遺跡」

竹内宿祢の子孫である雀部朝臣という豪族が鷦鷯(ささき、ささい)部の民を率いてこの地方に住んでいた様である。鷦鷯とも書いた(『古事記』)ので「ささい」の松原と呼ぶべきところを「すずめ」の松原と俗称するに至ったと考えられる。また、摂津皇別佐々貴山君がこの地に居住していたため、この地方を「ささき」の郷と呼んだ。その後「ささき」が「ささい」(佐才)となり、雀の字を当ててこの海岸一帯の松原を雀の松原と呼ぶようになったという説もある。この地の旧家に「佐々木」「雀部」などの姓があるのも無縁とは限らない。Wikiより抜粋

中央区には古代の都が有ったんだね。この移住シーンを幻視したのかな?

匂うゎ〜仁徳天皇。どこかでこの御名前と出会ってるわよね?私。

( ゚д゚)ハッ!百舌鳥!大阪は堺市

いよいよだ。いよいよだよ、父さん。何かが動き出してる。怖い!

これ以上は今は触れないでおくことにした。行くもん。1月。
お祝いがあって1月に京都へ行く。帰りは関西空港からなんだけどこのチケットの手配が中々進まない。なるほど、こういうことか。

行こうともよ、百舌鳥八幡!!(TT) ←あきらめた

 

そして、最後に改めて弓弦羽神社について調べる。またしても( ゚д゚)ハッ!

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末社の神々についてネットからお写真をお借りした。

左から4番目の「霊符神」に注目!いるじゃない!どストライクな神さんが!(T▽T)

この神さんに呼ばれたとしか思えない。

ここね〜 七五三詣りでテントが設置されていて見えなかったんです。こちらも来年の1月にリベンジしたいと思います。

 

次回は「安倍王子神社」。