不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

たま(魂)に沁みなむ

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前記事でちょこっと告知したイベントも無事終了。
達成感の余韻に浸る間もなく、いつものように日々に追われています。
参加して下さった皆さん、様々な変化が訪れているようでお返事が間に合っておりませんが、意識の変化に自分のことのように嬉しくなります。
かくいう私自身も変革を迎えております。
そんな中、ある日なんてことないシーンで肩の力がフッと抜けるような感覚に襲われまして。
確か茶碗を洗ってたりなんかしてた時じゃなかったかな〜
本当になんてことない場面でフッと。
と同時に沸々と湧き上がる思い出があって。
走馬灯のようにこれまでの人生が駆け巡ったわけです。
そしたら色々仕切り直しをしたい衝動に駆られて。
じゃ、どのへんから仕切りなおすんだって話で思いついたのは19才を迎える年。
このブログではこれまで書いてこなかったけど19歳、見えない世界じゃ結構意味深なんです。
今から何年前だ?という愚問はさておき、今からそのままを実践することは難しいですが、仕切り直して心の何処かにやり残し感があるものを整理して意識から手放す、ということは出来る。ちょっと言い回しがややこしいですけど。

人生は体験教室じゃないって話

“仕切り直して心の何処かにやり残し感があるものを整理して意識から手放す”
今更ですけど、自分の人生の中でそんなことが足りてなかったと思うんですよね。
「体験」は実践あるのみで、ひとまずやってみよう!感が強い。そのあとにその体験に基づいた考えや感情がやってきて価値観になりそれは「経験」になりますでしょ?
どんだけ?って自分に突っ込みたくなるんだけれど、この体験から経験に移行する前に「思い出」として保管庫に入れちう癖があるようなんです。
私、その体験持ってます!みたいな。経験に変えて落としこむことをしていない。
これっていうのは、経験から学ぶとか学ばない以前の大問題じゃないですか?
話を戻して仕切りなおしたい19歳。私は大学へ進みましたが中退しています。
面倒なのが“進学”の方を体験として抱えたままなんですよ。
経験として落としこんでいないから学ばない。ずっと進学したまま。
無意識の行動としては5年前から通信制だけど大学に通いなおしている。
そのときは仕切りなおしだとかそんなことは微塵も思ってなくて、10年かけて卒業すればいいから面白そうな授業をとにかくとってみよう、というノリがいつしか段々卒業のための単位取りみたいな流れになっている。進学したままを追体験。言う割に決して卒業に向かっていない。
ただ“体験”を積み重ねているだけ。いくつもの体験教室を仕事の合間をぬって渡り歩いている。そんな感じ。
それって多忙な生活の中にただ作業を詰め込んだだけで重荷以外のなんでもない。
そりゃ、キャパオーバーするわけです。
もうそういうのって太陽の光を当ててブワッとオーブに変えて蒸発させたくなったんです。
まぁこれをスピ業界では『浄化』と言いますわね。


体験という記憶を手放してこそ経験になる

なんかずっと体験を記憶してなきゃいけないって。
そのために体験を続けなくちゃならないって。
仕事がてら色んな土地を旅して写真撮って文字で呟いて。
その時の感動を肉体に留めて時折感じて。
でもただそれだけ。これを宝の持ち腐れってもいうのかもしれないけど、宝物みたいに大事にもしていない。
結構私みたいな人多いと思うんですよ。
最近なんかじゃバーチャルな体験なんてのもあるし益々大忙しな人間社会。
たまにないですか?

こんなことして何になる?

って虚しくなる瞬間。
そんな瞬間が積み重なっていくとそれはいつしかまとまった“時間”になる。本当に文字通り“間延びした時”。そして持ってるだけの“記憶”に。
いやはや、なんだかね。
気がつくと心身ともに疲労困憊ってことになっとるわけです。倉庫番に必死!笑
あ〜がんばったな、私。
旅ってそういう積み重ねてしまった“虚しい瞬間”を解き放つ機会なんだと思うんですよ。
パワースポットでもなんでもそこにいるたまゆら達(自然霊)はそんな解放を助けている。
手放したら経験として今後の人生の学びになるし、これが『人間力』に繋がっていく。
世界中を旅した成功者は、大体そうだと思います。
そう考えるとこれまでの旅が勿体ないなと沁み入るわけなんです。

というわけで、今日は公式ホームページとこちらのブログを連動する一歩として告知がてらいつものスピ旅珍道中とは趣を変えて書いてみました。
今後もスピ旅をメインに書いていくのでどうぞ宜しくお願い致します。

合掌