読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

スピ旅珍道中は夢現(ゆめうつつ)

以前こんな記事を書いた。

spinavi.hatenadiary.jp

大体私の旅はこんな感じで睡眠時の「夢」から始まる。

これがライフワークの一つでもある。

何故こんなことを始めたかというと[スピリチュアル][ヒーラー]という肩書きを持って仕事をしていると、いずれというか当然「命って何?」「何故生きるの?」みたいな問題に直面する。そしてその答えを精神哲学に求める。そのうち同じ視点で「何故夢をみるのか」という妙に到達し意味があるように思えてくる。

しかし、もともと夢占いを信じない方であったために、それだけではどうもその意味を解せない。そんな時釈迦の言葉がふと浮かんだ。

「色即是空  空即是色 受想行識亦復如是」

色はすなわち空にして、空は是れ即ち色なり。受想行識もまたかくのごとし。

 この世は夢ですよ、と言われているみたいで初めて聞いたときは「何言ってんだ!」と憤ったものだが、今なら言わんとしていることは解る。じゃ、その反対というと過言だが、こっち(夢)の方をリアルに実践してみると日常がどう変化するか試したくなったというわけだ。

こんなことを始めてかれこれ5年くらいにはなるだろうか。生きる道が整備されて迷いが少なくなったように思う。精神統一のために道場へ出かけて座禅も組んだりするが、感触は禅から立ち上がった時と似ているのだ。坐禅の時、僧侶はアルファ波またはシータ波の中にあるというデータがある。夢もまた同じだ。なので身体に悪い訳はない。

過去の記事を整理していたら、この近江への旅に繋がる夢の話が残っていたので掲載しておく。

2013.5.4 ---------------------------

最初のシーンは宮古島にある『母の実家』の一室から始まる。

周囲も自分もだがやたら喪服姿が目立つ。法事か何かか?
どうやら私は、この部屋でセッションを行っていたらしい。
すべてのセッションを終了し、窓から見えるとなりのウガンジュをみながら大きく伸びをしている。
(夢なのだが、風の心地よさや匂いまで生生しかった)
突然携帯がなった。
仕事用の番号へではなく、プライベートの番号に知らない番号からかけられている。
(プライベート用にかかる知らない番号には普通は出ないんだが・・・)
そんなことを考えながら恐る恐る受けてみた。

私「・・・・もしもし?」
電話の相手「もしもし、久遠さん?」
相手は声の感じから60代前後の男性だった。
“久遠さん”と呼ぶのですぐにお客様ということはわかった。
なまりはない。
電話の相手「お久しぶりです~ ボク、誰だかわかる?」
声はどっしり低いが話し振りはとても物腰の柔らかい印象を受けた。
私「恐れ入ります。すみません。こちら、プライベート用の番号でして。身内以外を登録してなくて・・・どちら様でしょうか?」
電話の相手「あ、そうだったの?ごめんごめん。ボクですよ、『富野』です。」
お名前を頂戴したのだが、ぴんとこない。
富野「ほら~、以前一度だけセッションして頂いた東京の富野です。」
私「ああ!あの富野さん!ご無沙汰しております~」
どうやら私はこの『冨野さん』を知っているようだ。

実家には家人がいたのでうるさくしては・・と散歩しながら話すことにした。
外へ出てみると、実際の母の実家とは様子が違う。
そこはまるで私の生まれ故郷、今はない石垣島の実家周辺と台湾・花漣、少し暮らした北九州とが混ざり合ったような町並みだった。
私「今日は出張セッションで母の実家に来てるんです。どうしました?」
富野「実はですね・・・」
そういって富野さんは電話口で相談を始めた。
先日、体の調子が悪くて(冨野さんの)母が入院している病院で受診した。
そこで”肝臓癌”を宣告された。余命は宣告されていないが恐ろしくて仕方がない。
いても経っても居られず、久遠さんに連絡しようと昔もらったレポートを探すと、そこに癌について書いてあってますます恐ろしくなった。
という内容の話だった。
私は静かに話を聞きながらある路地に差し掛かりそこを何げに曲がると、人の家の裏庭を通過するようにして路地が続いていた。
左側に蓋の開いたマンホールがあって、その中から子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
覗いてみるとなんと、子供達が肥溜めの中で泳いでいるのだ。
慌てて注意する大人が居ないか見回すも誰もいない。仕方がないので電話口の富野氏に「今少し待って下さい」と伝え、電話は切らずに
私「あなた達、それウンチだよ。匂いは薬でしないけど、体にくっついているゴミをよくみてごらん。それ、蛆虫だからね」
そういうと子供達は悲鳴をあげながら浄化槽から飛び出してきた。
私「ほら、こっちおいで。」
そういって近くにあった井戸水をかけてやった。
私「(電話口にもどって)すみません。今、肥溜めで遊んでいる子供達がいて・・・・」
富野「私がこんなに真剣に相談しているときに子供と遊んでいるのですか!馬鹿にして!!」
馬鹿になどしていない、そう返そうかと思ったがすごい剣幕だったのでやめた。
反論しても神経を逆撫でするだけだ、そう思って黙っていた。
その後の内容は病気とは関係のない不満や鬱憤をただぶちまけられた。
最終的に誰かに話を聞いて欲しかったのだろう、と思いながら静かに聞いていた。
冨野「久遠さん、霊符書くでしょ?なんでもいいです。とにかく助けてください。神様なんて願いを聞いてくださらない。もうすがるものがいないのです。助けてください!」
なんと傲慢か、そう思って立ち止まった場所はとある神社の前だった。
鳥居があって、その後ろに1000段はあろうかと思う石段がダーッと続いてる。
急勾配すぎて頂上が見えない。
みると特殊な文字で『近江八幡』とはっきり書かれている。
(何故ここに近江八幡?)
ふとそう思い階段の方をみると、鳥居の側にあるバス亭を掃除しているお坊様をみつけた。落ち葉を竹箒で掃いていた。
着ているものはこれまた何故か韓国のお坊様の作務依。
頭の中では不思議に思っているのだが、夢の私はごく自然に
私「“禰宜”様(これはお坊さんに使う呼称ではない)、この鳥居に書かれているお名前は『おうみはちまん』とお読みして宜しいのですか?」
お坊様「ええ。鳩文字といって、一般の方はあまりご存知ないでしょう」
私「今、知人が重い病気であることを電話で知って、なんとか私に出来ることをしたいと思うのです。もう日も暮れそうなんですがこれから参拝してもよろしいでしょうか?」
お坊様「どうぞどうぞ。ご案内致します。宿坊もございますのでお泊りになられると宜しいですよ」
電話口の富野氏にその旨伝え、宿坊で一泊しながらそこで謹書する、と伝え電話をきった。
そして、長い石段の一歩を踏み出した。
先を歩き出したお坊様が突然振り返り
お坊様「”ミードリアムス”という宇宙意識体をご存知でしょう?」
と訊ねてきた。すると私はごく自然に
私「ええ。何故また急に・・・」
と答える。
お坊様「ここはその中継基地でもあるのですよ。お話なさるといい」
私「・・・・わかりました」
お坊様「その際に、あなたの肌に青い塗料を施すのでご了承下さいませね」

-------------------
ここで目が覚めた。
そして数年後、ようやくその夢の場所を見つけ出し参詣することができた。

行ったこともない場所や言葉が夢に出てくる。この妙に意味がないはずはない。

更に今年3月、ついにその“ミードリアームス”という宇宙意識体についてのイベントを開催したのだから。