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不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

たまゆらに祈る

本日も過去記事から抜粋。

インポートという手もあるんですが、どのみち整理整頓は必要なので宜しくお付き合い願います。

 

井泉のたまゆら

沖縄の神事には“火の神迎え(ヒヌカンムケー)”という行事がある。
旧暦の12月24日に天にお帰りになったかまどの神様、または新しくかまどの神を設けるときに行う儀式だ。

その依頼でY村のとあるお宅を訪れた。
依頼者は50代のお母様とその娘さん。
前年の年末に、畏くも火の神の仕立て直し(作りなおすこと)のお手伝いをさせて頂き、今回は二回目の訪問である。

しきたりに従い、一通りの儀礼を済ませ、一同合掌。
その次に、年末の神事の際、ウブガー(地域の井泉の神)へ詣でるよう啓示があったので、クライアント様が事前に調べたその“ウブガー”へ向かった。
公民館の敷地内にその拝所はあった。
井戸であるが、現在は使用されておらず、セメントの蓋が被され厳重に囲いがされさらには鍵がかけられていた。

仕方がないので柵の外側から祈ることにする。

お供え物を広げ、しきたりに則って黒線香に火を点さない“ヒジルウコー”と“ビンシー”(玉手箱のような専用の箱に徳利二本、おちょこ、お米や塩を入れられるようになっている。神棚にお供えする御膳に似ている)を用いて祈願を始めた。
私のスタイルは、「ウートートー、サリアートートー」などの祝詞は依頼者自身に奏上して頂く。
それはウチナーグチ(方言)でもいいし、日常的な話し言葉で良い。
依頼者の想いが入りやすい口調で構わない。
私自身は、立場上拝み屋とは異なるため、その背後で神迎えの祈念を始める。
祈念の仕方は、真言がほとんどであり、どちらかといえば動作の方が主になる。
これは場の気がクライアントの体に満ちるのを待ち、その気でもってクライアント自身の自身による自身のための祈りとなる。
私個人は祈り言葉というよりは、“音”としての言葉の振動を重視しているかもしれない。
“自然霊”は「玉響」(たまゆら)とも表現されるように、振動に敏感である。

 

イジュン(井泉)からのメッセージ

久遠「必ず体感があります。のちほどどんな体感があったか聞きますので覚えていてください。」

といったものの、始まってすぐに私の方に一つの単語が繰り返し耳に入ってくる。

(ホ・・ ケン・・・ 保険・・・ 父親・・・・・保険・・)

音に耳を傾けているとビジョンがやってきた。
書類のようなものだ。おそらく証券やその類だろう。
依頼者は娘さんがまだ幼い頃に夫と離別しており、その元夫は数年前に他界している。
どうやら亡くなったご主人は保険を残しているらしい。
もしそうだとしても、亡くなった時点でそんなことは既に承知のはずだが・・・・


つづく