不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

“楽しむ”ってことをがんばっちゃうヒト、結構いると思うんです。

マヤ暦についてはきちんと専門アドバイザーに監修してもらって掲載しています。ご安心を。

旧暦を軸にした季節の移ろい『二十四節気七十二侯』については、ここ沖縄では暮らしそのものが旧暦に基づいているので、強いてまで学術的な専門知識を必要とはしていませんが、今後は少しづつ関連する事柄を学んでみたいと思っていたりします。

“ちょっとだけ豊かになる”ために。

他者のために、自分のために。

 

本日のタオイズム「楽しむためにはシンプルになる」

 

七十二侯: 小暑“鷹乃学(たかわざ)を習う”

鷹のひなが飛び方を覚え巣立つように、手を伸ばせばすぐそこに、これまでの経験から学んだこと活かせるステージがあることを知ることが大切です。

 

マヤ暦: 青い猿/赤い月 音1

かつての日本に人生を「楽しめ!」という言い回しはあまりなかったのではないでしょうか。「一生懸命」という言葉が主流で、人生とは“頑張るもの”であるイメージが強いように思います。

そして、現代人もまたその名残を残しつつ、ついに楽しむことすらも懸命になってしまいがちです。結果、突如燃え尽きてしまう者も少なくない、そんな皮肉な状況に遭遇することも多くなってきたんじゃないでしょうか。

魂そのものは常に状況を楽しもうとします。気をつけておかないと“苦悩”や“困難”さえもエキサイトしようとします。特に懸命であることを美徳とする日本人は、苦悩する環境を引き寄せがちです。

さらに厄介なのが、潜在意識の奥深くに隠れたその魂だけが、望んだ環境を引き寄せることが出来るということです。

魂と一体となって心もカラダも“まことに”楽しいことを共有するために、

  • 楽しむことに罪悪感を持っていないか
  • 色んな意味でのゲームに熱中しすぎていないか
  • 楽しむための創造性は備えているか

を自らに確認してみることから始めて下さい。魂が勘違いしてしまった“楽しみ”を修正しましょう。そうすると「楽しむ」は、いつしか一生懸命から“全身全霊”に変わります。

そして、確認作業の次のステップでは、自分が罪悪感なしに取組めている物事から探究を始めることをオススメします。それは結構普通に、或いは地味にすっと暮らしに馴染んでいるもののはずです。

 

シンプルであるためには「いつか実際にやってみたいこと」に注目

まだ体験したことのない事柄について、当然罪悪感など共存し得ないはずです。

しかしながら、情報社会の現代は“バーチャル”という言葉があるように、サイトを開けば様々な空間が用意されていて、まだ何も実行しないうちから何か“した気”になってしまっています。そこにさっき述べた“楽しむことへの罪悪感”が加味されて蓄積され続けると、気が付かないうちに何もしていないのに疲労困憊、なんてことに。

だから『現代人は既に疲れている』という言葉が誕生してしまったのでしょうね。やれやれです。

そこで、たくさんの「やってみたい!」の中から、実際に行ってみたい場所、体験してみたいことをアクティブに繋げて見て下さい。今は実行に移すことは難しくても準備作業として日常にプログラムすることは出来ると思います。

それでも疲れちゃうかもしれませんが、それはスポーツの後の心地よい疲労と似ているはずです。ネット上で他人の経験に同調して疲労困憊しているよりずっといいです。