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不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

あやしきものに惑う夏の夜

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まどろむ夜なきこそをかしけれ

自宅に到着した私は家族にみられないようにそそくさと洗面所へ駆け込んだ。さきほど学校のトイレで見た時よりも腫れ上がりで、あまりの酷さに黒い物体のことなど記憶の彼方にふっとんだ。痛みもかゆみもないので、手元にある軟膏をつけて翌朝まで様子をみることにした。
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午前二時頃。ふと目が覚めてむくりと起き上がった。

今では絶対にしないのだが、当時の私の部屋のインテリア配置は最悪で、足元に寝姿がばっちり写る鏡台があり、背中側にはカーテンのない半窓があり、夜になると合わせ鏡状態になる。このことがどれだけまずいことかは、ホラー好きな方ならご存知だろう。

窓から差し込む月明かりに照らされて、鏡に部屋の様子がぼぅっと浮かび上がる。

自分の顔がどうなっているのか、無意識が働いたのだろう。普段は目が覚めても鏡に写る自分の姿をみようなどとはしないが、この夜はつい、まじまじと”眺めて”しまった。

 (!)

鏡にうつったものに凍りついた。私の背後に立つさきほどの『黒いモノ』がいるのだ。鏡に写る半窓からにょっきりと顕れ、鏡の中の私の正面に立ちはだかった。

気を失って寝てしまったのか、そもそもが夢だったのか、その後のことはよく憶えていない。

翌朝、祖母が明け方近く私の部屋を通ったら、部屋へのドアは全開、何故か鏡にタオルがかけられ窓も開け放たれていたそうだ。

顔の腫れは翌朝には大分治まっていたが、念の為皮膚科を受診したところ樹皮にでもかぶれたのだろう、と注射を打ってもらい飲み薬だけ貰って帰宅した。

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祖父が焼き払ったご先祖のウタキ

それから一年して、再び旧盆の季節がやってきた。一年前の“あの夜”の出来事などすっかり忘れていた。ただあの日以来、鏡は撤去され、窓には厚手のカーテンがかけられた。

私は中学二年になり、島の生活にもようやく慣れた頃だった。ただ、先祖の地であるからなのか、まるで昔からそこで暮らしていたかのような閉塞感があった。

何処どこの誰だ、といえば曽祖父の代まで遡ってどこの孫だ、すぐに特定される。始終監視されているようで窮屈だった。

今親となってみれば、そうやって地域の目でみてくれることはとても有りがたいことであるのが理解できるが。

部活が旧盆入りで早々に終わったので、ぶらぶらと学校の近くを歩いていると知らない老人が声をかけてきた。祖父と同じくらいの歳だ。

「あんた、何処のね?」

(沖縄のお年よりの多くは、近所で知らない顔をみるとそうやって声をかけてくる)

自分は、どこそこの(屋号をいう)誰(祖父の名前)の長男の子供、というとすぐに理解してニコニコと祖父の近況を尋ねてきた。どうやら祖父の後輩にあたる方のようだ。

「あんたのおじいの畑があそこにあるでしょ?その横に昔ウガンジュがあったんだけど、あんたのおじぃが『畑にする』って言って壊したわけよ」

そのご老人はおもむろにそんなことを話し始めた。

“大きなウタキ”を遥拝するウガンジュだったのだが、あまりにも多い神事と決まり事に嫌気がさしたうちの祖父が撤去した、というのだ。

そのご老人によれば、うちの家系には祖父が知るだけで三人のカミンチュばあさんがいたという。嫁をもらう度に霊感の強い女、或いは実家が祭祀一族だったらしい。不思議と我が子としては生まれてこなかったらしいが、そうやって嫁が代々守ってきたウガンジュらしい。

そういや確かに、うちのおじやおばには霊感のあるものはいない。どちらかというと全否定で信じない。離婚してしまったが、母の祖母にあたる女性は特に霊力に秀でており、行列の出来るツカサンマ(ユタ)だったと誰もが口にする。信じていなかったが、私の相方の父も若い頃、相方の祖母と共にその曾祖母の元を訪ねたことがあるらしい。

ただ、父方の祖母、私の母はいずれも神事を行うようなタイプではなかった。島の老婦といえば何かにつけ神事を行っているイメージがあったので、何もしない祖母をみて不思議に感じてはいたが、この話だときっと祖父がやらせなかったに違いない。

「UFOってわかるね?」

老人はおもむろに言った。70はとうに過ぎているであろう老人の口から“UFO”という近代的な言葉が飛び出したことに一瞬唖然としたが、「ええ・知ってますよ。」と訝しげに答えた。


つづく