不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

今朝はちょっとまじめに久遠オカルトモーニング「ドッペルゲンガーもどきとの遭遇」

おはようございます。
本日も、オカルト職人久遠が沖縄やんばるからちょっと豊かになるオカルト情報をお届けします。

今朝はいよいよ今年も残すところ三ヶ月ちょいということで、月末でもありますし10月に向けて『オカルト的自己メンテ術』に因むオーラの話を少々。

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 最近様々な企業の裏方へ潜入する機会を得て、働く人々との交流をさせて頂いております。
その中でひときわ真っ青なオーラが際立つ人を発見。たちまちに私の探究心を射止めました。

 

オーラが動じないという人の特徴

普通、オーラは状況に応じてコロコロ変化します。
セッションにいらっしゃるときに見るオーラは思考と感情のオーラなので、世俗を離れ自分と向き合う時間には一定のオーラに戻ります。
しかし、この方はどんな状況におかれようとも、一定して動じないオーラを放っているのです。ということでしばし観察。

 

動作がシャープで無駄がない。

黙々と作業をしながらも全体を把握している。

出勤時は定時30分前に到着し、車を下りてタイムカードを押すまでの行動にブレがない。

就業時間に一旦はいれば、時計をチラチラみずとも肯定作業に流れるように入っていく。

飄々としていて決して時間に追われている風ではない。

流れの中にしっかりと自分を組み込み“全体”としての自身のすべきことをリズムよくこなす。

 

その仕事量は端からみていると“戦場”と思しき膨大な量ですがこれをスパーンスパーンと臨機応変に片付けていく。なんとも勇ましい姿ですが、この職場に務めてまだ半年ということでした。

早速、休憩時間にインタビューしてみました。
いくつか他愛ない話を通してその人柄に触れてみますと、何か意識的に特別なことをしているのではなく(例えば瞑想とか)、シンプルに普段から自己管理が出来ている人でした。

なんだ。普通じゃないか。

そう思った方が大半でしょう。しかし、この普通を自然に行える人はどれだけいるでしょうか。
「自分がやらなくちゃ他に誰もやる人はいないわけだがら、そのことにグチグチ不満を言っても仕方がない。誰かがやらなきゃいけないしそこでいちいち考えていたら好きなことをする時間までも無駄になってしまう」
何気ない会話の中にもキラリと光る言葉が溢れていました。

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思考エネルギーはいわば霊的な基礎代謝

思考を疲弊している状態を表す代表的なオーラに黄緑があります。
このオーラを放つ人に私はよく
「毎日することは大体決まっている。すべきことしなくちゃならないことにいちいち思考力を浪費していたのでは、いざ考え悩み決断し動かなければならないときに疲れ果てて力が出ない」
というアドバイスを加えます。


本人が意識しないところで魂の働きがあって、無駄に思考しているうちに社会全体の流れが滞り停滞感が増し、泥沼に足元を囚われ身動きがとれないという状況になると、救えるべき人を救えず、自身を救ってもらう機会をも失ってしまいます。


特に情報過多でスピード社会の現代は、この黄緑のオーラとのつきあい方が非常に重要になります。考えることは大切ですが、毎日しなくちゃならないことにいちいち立ち止まって考えるという動作は必要ないわけで、ここをしっかり“実践”として身体に叩き込んでおけば日々のバロメーターにもなります。
朝起きて排泄をする、洗顔し歯を磨く、という行動をも面倒くさいといちいち考えるその時間だけで一日の20%もエネルギーを消費してしまっているとしたらどうですか。
そんな朝を繰り返していては霊的新陳代謝は下がり、結果的に物質肉体もブクブクといっちゃいます。実際私自身がそうやって溜め込んできましたから┐(´д`)┌
只今デトックス中です。

 

ドッペルゲンガーもどきと遭遇したら自己メンテのタイミング

思考によりあまりにも肉体が疲弊すると魂が抜け出て一人歩きを始めます。

「あんた昨日○○にいたでしょ?」

「バスの中で見かけて声かけたけどスルーされた」

間違いなく自宅や会社にいる時間なのにそんなことを言われ始めたら要注意です。

あなたもどきが一人歩きをして何かやらかしているかもしれません( ̄ー ̄)

こんなパターンもあります↓

数年前、こんなことがありました。私の話です。
ざっくり表現すると

『過去の私』

正確には過去の私と似すぎた人、という意味です。
性格や風貌が似ているのではなく、または生い立ちが似ているのでもありません。
しいて言えば、『霊的体質』が似ており、この道に入る『過程』が似すぎているのです。
この方の場合、この道に入るとは限らないのですが。

過去の私ですから、記憶の中の自分自身です。「昔の自分とそっくり!」と喜べる人は自分を肯定し認めている人かもしくは成長のない人。
しかしながら、私は強烈な違和感を覚えました。


自分に似ていると明らかな事実を目の当たりにしながら、嫌悪感と反省、感謝と動揺が一気に訪れたようななんとも複雑な感情。

 

こういう“自分もどき”と出会う時というのは、セッションでもお話していますが、9年ごとに変化する霊的な課題にきちんと取り組めているか“確認作業”に入ったことを示します。
19歳、28歳、37歳、46歳という風に課題が変化していくわけですが、その前の年、つまり18歳、27歳、36歳、45歳というのは“最終調整”の一年であり、誕生日を節目に「○才の一年はこうありたい!」と向上心をもって取り組んでいる方には大切な課程です。

どうですか?皆さんは最近“自分もどき”と遭遇したことはありませんか?

 

まとめると・・・

 

*考えても仕方がないことにいちいち思考エネルギーを使わない

*考え過ぎると霊的基礎代謝が落ちるから勿体無い

*霊的基礎代謝をあげればフットワークは軽くなり身も心も楽になる

ドッペルゲンガーは老廃物で出来た自分。デトックスしよう!

 

・・・今独り歩きする人型セルライトを想像してしまいました。

怖すぎる。

 

本日の実践タオ「他者は自己を映し出す鏡。違和感のある相手こそじっくり話を聴いてみる」


七十二侯: 雷乃声収む

夕立に伴う雷が静まる。雷は“神鳴り”“神成”

マヤ暦: 白い鏡/白い魔法使い 音5

自分の嫌な部分を指摘されたらありがたく頂戴する。神社

 

久遠のオーラセッションが気になったらこちらへ。
今日もよい一日を!