不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

不安の種は、忘れ去られた感情や情報。宣言有りきを一旦やめてみる

お久しぶりです。

再び随分と放置してしまった。その間のアクセス数をみるとホント申し訳ないことです。。。

 

この間私が何をしていたかというと、あちらこちらに解説していたブログやSNSを選別しながら整理し、ブログはここはてなへ一本化、SNSは長年使い勝手のいいTwitterに絞り込んでいた。

ご存知の方も多いと思いますけど。

ついでにひとつひとつの記事も読んで中身を整理して削除したり、リアルな日常もシンプルに過ごすために持ち物や考え方など心身にいたるまでそぎ落としに取り組んでいた。

テーマは『原点回帰』。

気分としてはついにやってやったぞ!という感じ。

誰でも一度はリセット作業をすると思うのだけど、私自身も今年の始め辺りからこのテーマに取り組んできた。どうしても、自分の中で増えすぎてしまった情報を整理整頓したくなって。

いつもパパッとやっつけ作業になるから今回は一年はかけようと覚悟した。

これまでやってきたことで中途半端に終わっているもの、やりたいと思いながらずっと後回しにしてきたことで「本当に必要なことか?」「本当にやりたいことだったのか?」という確認作業の意味も込めて手当り次第に一通りやってみた。

ここニ、三ヶ月更新していたマヤ暦と七十二侯もその一つ。

私という人間は、一先ず考えるだけ考える。好きなだけじっくり時間をかけて。その間は余計なことをしない。雑念をなるべく少なくするために。

考えがまとまったら後は一気に行動しながら感覚を得ていくタイプで、行動している間はあまり考えない。感覚だけを頼りに突き進む。そしてひとしきり活動を終えた後にまた考える。そんなことをしながら過ごしていた。

一旦作業にとりかかってみると、まぁまぁ、考えにしても感情にしても色々不要なものを抱え込んでいて。

結構後々でじっくり考えながら処理しようと思っていた感情がそのまま何年も放置されていた。

こんな風に溜め込んでいると、時折「この情報は処理しないのか?」と警告音と共にポップアップするような事情が起こりうる。しかし、その時も既に他のことにとりかかっているからまた後回しにする。

そうして放置した情報が心や身体を重くし、必要以上にエネルギーを消耗してしまう。

少なくともこの10年はそんな風にしてやり過ごしていたと思う。時折細かいリセット作業はしてきたが、私の好奇心による活動スピードには処理が追いついていないのは明白で、仕方がなかったといえばそれまでなのだが今回ばかりは大きな決断が必要だった。

f:id:kudomichi94:20131013070858j:plain

 

宣言有りきは必ずしも正しくない

整理する中で“障害”として浮かび上がったのはこのことだった。

私はわりと“何故か”行動を起こす前には宣言することが必要だと思い込んでいた。

「これから○○しますよ」と宣言するのは、自分の決意表明になるし周囲を安心させるための責務だとすら思っていた。子供が「○○ちゃん家で遊んでくる」というのと似てるのかもしれない。

しかし、幼子はいいが大人になると、これというのは使うシーンとタイミングを間違うとただの野次馬を集めてしまうことにも繋がる。要は口ばかりの人間。他人の人生に口出しするばかりで自身の生活には見向きもしない、そんな輩だ。

周囲の意見も大切にしながら、というのは聞こえがいいがあまりにもその意見に耳を傾けると、いつしか行動を見失ってしまう。

それこそ自分自身が“口ばかり”の人間になり気がつけば自身も野次馬になっている。こうしてついには、決意表明していた時のやる気・情熱は追いやられ、さらには思う通りにならない苛立ちまでもが追いやられ、意識の深いところで不安の種となって発芽の時を待つのだ。

 

不安の種を取り除くのも作らないのも信念の先にある行動から

行動が先といっても考えなしの行動は周囲に迷惑をかけるばかり。野次馬どころか取り抑えられるだろう。

そうならないためにじっくり考え信念を生み出すことが先。自分の本当にしたいこと、その行動によって期待される経験、その経験から学ぼうとする情熱、信念のかけらとはざっくりこんなものだろう。これをじっくり煮詰める。

そして、腹の底から「よっしゃ!」とエネルギーが沸き起こる時が始動の合図。あとは交通安全第一で突き進むのみ。

結果として期待通りのものは得られなくても、信念の先にある行動ならばフラストレーションはないだろう。それどころか湯上がりのさっぱり感を味わえる。

ところで、ひとつ注意したいことがある。

勘のいい人(特にあなたに依存してあなたの輪に入りたがりあなたの行動を注視している人)は、宣言しなくてもあなたの信念や行動に気づく。そしてきっと口を出してくるに違いない。家族なら仕方ないとしても、友人・知人、あなたが信頼を置く人々だ。

こうした人との距離感に注意しよう。

心の底からあなたを愛し信頼し思いやりがあるなら、あなたの決意や信念ある行動に口出しはしない。ましてや説き伏せようなどとはしない。

そっと陰で見守りあなたが失敗し傷つくかもしれないときに備えようとするはずだ。信念を持つとこうした人々を見極めるよいきっかけになるし、自分自身もそうあろうと努める。

何気に読んでいるブログなどもそうだ。この場合はもしかしたら貴方自身が野次馬であり依存する人間なのかもしれない。

読み手も書き手も自由だが、一歩間違うと私のように情報ばかり先走り右にも左にも行けなくなってしまう。そして結局“口ばかり”になりかねない。「反省しました。明日から頑張ります」に対する返事に満足して終わるようになってしまう。或いは批判に熱中してしまうかもしれない。

私も一層気をつけたいところだ。

 

そして、信念ある行動がもたらした結果

とまぁ、ここまで自分のここ数ヶ月を書き連ねてみたが、私個人のわかりやすい変化としては

タイムマネジメントの成功を実感

・シンプルな交際による良好な対人関係(あくまで私目線)

・フラットな感情の中に小さな喜び

・ミニマムな暮らし、生活リズム

こんな感じであるが、なんだろう。シンプルとも違う、これまでの人生の中で最もさっぱりした瞬間を送っているかもしれない。

そして、これが私がずっと求め続けている暮らしでもある。

何よりも嬉しかったのは4キロのウエイトダウン。ダイエットを諦めていた私には嬉しい兆候。棚から牡丹餅とはこのことだ。

所詮人間というものはこういうことに一喜一憂する生き物なのかもしれない。

 

合掌