不安の種を解決する42

いよいよ人生本気で楽しもうじゃないか。そして、くぅおんは今日も行く

別れた後に「ん?」という感情が残る相手とは距離を取りながら関係構築に努める

不安の種は誰しろ持っていると思う。

種のイメージとしてはどんぐり程度にしておいた方がよさげだ。

持っていても発芽させないように注意を払えばいいし、発芽しても実を収穫して食べ尽くす粋な心意気さえあれば問題ない。

しかし、どんなに注意していても気がつくと芽を出しているのが『不安の種』。

そして、この発芽に好相性なエネルギーを持つ人々がいるのだ。

始めに断わっておくが誰にとってもこういう人物がヤバイというわけではない。

この記事に共感している人のみが被害者であることを声を大にして言っておきたいし、被害に合っている自分自身にも落ち度があることは十分に理解しておかなければならない。

その点を十分留意した上で読み進めて頂きたい。

 

わかりやすいセンサーは会話の後に残る「ん?」というなんとも言えない不愉快なしこり

以前こんなことを呟いた。
頻繁に会うわけではないがかれこれ数年の付き合いになる知人で、波風立てずそれこそフラットないい関係を築いてきた。というのも、私の方で大分調整してなんとか関係を保ってきたという方がしっくりくる。

というのも、三回目に会う頃には既に「ん?」という感覚に襲われるようになったからだ。

フレンドリーという感覚というかそういう価値観が私とは合わないと気づいたからなのだが、私を含め歳をとると人間は厚かましくなる生き物で、妥協しない私と厚かましくなったその知人が完全に分離した瞬間だった。

少し前までは、シャッフルすればなんとか交じり合った感もあったが、もう水と油のごとく全く色(波長)が交じり合わない。

ということで、今回ばかりは心の声に従って距離を取ってみよう。気づかれないようにフェードアウトするにはどうしたらよいだろうね~、ってことに。

こういう人々はふんわり屈託なく近づいてくるいわゆる“天然ちゃん”。

始めからいかにもぶっ飛んだ天然だったらわかりやすくそれ相応の壁というか距離を作って対処できるが、今回のタイプはそうではない。その柔らかな雰囲気に包まれ会話を続けると(多分最初はこちらに合わせているだけなんでしょうね)、次第に違和感というかズレを感じて、別れた後「ん?」という言い様の無い、何ともスッキリしない感情が残る。

こちらとしては早い段階でその違和感によって警戒心が現れるので、何度か会う頃には既にこちらの考えは話さず聞き手に回っていることが多い。聞き手と言ってもあれこれと聞き出すのではなく、相手が話すことに淡々と答え、相手の話を聞くことに重点を置いている。

以前の私ならその感覚をやり過ごしていたが、今回は向き合ってみようと思った。感覚は原因の先を行く。

そして、ついにこの「ん?」という感情の原因が判明する。

オメェ ナニサマダ?コラ(-_-メ)

 

価値観が合わない人に付き合うのは難しいが視点を変えて接することは出来る

私がこの人に対して感じていた違和感は私の領域を私物化したような発言にあった。

例えば「久遠さんってこんなとこあるからこうでしょ?」を前提に発言してくる。合っていれば黙りもするが大抵合っていない。その上不愉快。友人なら反論もするが私の方では知人という認識で、この辺で既に価値観のズレがある。

私のいないところでありがちなのが「私が頼めば大丈夫だから」とまるでこちらの都合はお構いなしに頼んでくる。私は大抵無理のない程度にそれ応じる。それは日頃の感謝があればこそ。私のこの姿勢が仇となってしまっているのは言うまでもない。

とはいえ、私自身も出来た人間ではない。自分を棚に上げていちいち反論するのもみっともないのでしばらくは付き合ってみるが、少しずつフェードアウトを試みる。

反論すればすっきりするかもしれないが、相手の価値観を潰すことにもなりかねないし、私の価値観を押し付けることになる。故に視点を変えて接するのだ。

例えば「久遠さんってこうでしょ?」というのはその人の視点。私にそのつもりがなくても人は自分に都合よく解釈する生き物ですから誰をどのように見ようと自由。しかし、この場合そもそもが、自由に見た上での解釈を私という本人に直接伝えられる距離感が問題だと感じたので、私の他者との距離という視点を変えてみることにした。

自分では十分に距離を取っているつもりでもそうでもないことに気づいたからだ。

あくまでこれは私の場合という話。人には各々にちょうどいい距離感というものがあるから、しっくり来る距離感に出会うまでは模索する時間もあるだろう。

この“しっくり”というのが中々難しく、自分の感覚だけでもいけないし相手にとってもしっくりくる距離感がぴったりするまでは冒険だろうな〜

何でも聞けばいいというものではなく、常に思いを図ることを心がけていればなんとなくうまく行くような気はしている。

最近はハードルを上げて、私には謙虚な低姿勢でも会話の中で人の領域に直ぐに自身の場を当て込んで来るタイプ、その人となりをしっかり見分けるようにしている。これはあくまで私の領域を守るための対策なのであり、その人の人格を否定しているわけではないのでその点はちゃんとご理解くだされ。

 

四方山話「竜宮産土神とのつきあい方」

沖縄にはニライカナイ信仰というものがある。海を渡ってくる常世の神に果報を願うものだ。

私は思考や思考による言葉をリセットして新たに行動したい時に竜宮神を訪れる。何を願うわけでもなく、ボーッと過ごしていると心の奥で何かがカチッとはまった感覚が訪れ、自然と思考的にならずとも行動は促される。

逆に何かをメッセージを得ようとすると理性が働き、結局のところリセット作業にはならない。

モヤっとした時はお近くの竜宮や産土神社を訪ねてみることをオススメする。

 

合掌